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名古屋家庭裁判所一宮支部 昭和38年(家)482号 審判 1963年10月08日

申立人 吉川朗(仮名)

相手方 愛知県尾西市長

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は、「愛知県尾西市長に対し、昭和三八年七月三一日、申立人が届け出た長女「伸子(しんこ)」の出生届を受理すべきことを命ずる」との審判を求め、その理由とする要旨は

「申立人は昭和三八年七月一九日出生の長女に「伸子(しんこ)」と命名し、同月三一日尾西市長に出生届を提出したところ、同市長は、同年八月一〇日、右名は、その母「伸子」と同一文字の名で届け出されているとして、昭和一〇年一〇月五日民事甲第一一六九号民事局長回答に基づき右出生届不受理の処分をした。

しかしながら、右不受理処分は、次の点で、明かに、違法である。すなわち、申立人は、予ねてから、その子女に、将来、両親の名を襲名さす意向を有していたが、右襲名による名の変更は、許可されないやに聴いたので、むしろ、出生当時から、両親と同一の名とするにしかずと考え、さきに、昭和三五年八月三一日長男が出生した折には、これに申立人の名と同一文字を使用して「朗(ぼがら)」と命名し、その旨の出生届を提出したところ、尾西市長は、同年九月六日これを受理して戸籍にのせたにも拘らず、いま、同様になされた長女の出生届を受理しないのは不当というほかはない。」

と謂うに在る。

相手方の意見は、

「本件出生届を不受理としたのは、申立人主張の民事局長回答を参照のうえ、名古屋法務局一宮支局長の指示に基づくものである。」というのである。

(当裁判所の判断)

一、本件記録に徴すると、申立人は、昭和三八年七月一九日出生の長女に「伸子(しんこ)」と命名し、同月三一日その旨の出生届を尾西市長に提出したところ、同市長は、右は、申立人の妻「伸子」と同一の名を附した出生届であるとし、昭和一〇年一〇月五日民事甲第一一六九号民事局長回答の趣旨に基づき、右出生届の受領を拒んだ事実を認めることができる。

二、そこで、尾西市長のした右不受理処分の当否について検討する。

(一)  先ず、命名の権利義務関係についての当裁判所の見解を略言する。凡そ、命名とは、特定人に特定の称呼を附し、その人の同一性の認識を外部的に表示する手段を指称するものたることは、また、多言を要しないのであるが、何人が、このような命名権を有するかについては、現行法上、必ずしも、さだかとは言い難いのである。この点につき、これを親権の一作用と観念する思考方式もあるのである。当裁判所は、にわかに、この説には左祖するを得ないのであり、むしろ、右は、被命名者自身に存するものと解するのが正当であると考える。人は、何人も自らの称呼を自らにして定むべき権利を有するわけである。すなわち、現行民法乃至は戸籍法の理念に最も忠実な視点に立脚する限り、命名権は、被命名者の人格権から流出する機能であり、被命名者の固有権を以て目するのほかはない。したがつて、このような立場に立つ限り、被命名者の親権者及び後見人ないしは地方慣習上定まる命名者或は事実上の養育者等のする命名は、自己の権利としてこれをなすものではなく、被命名者の有する命名権を代行するにすぎないものと観念すべきは当然の帰結である。しかりとすれば、命名者は、その主観において被命名者の利益に合致する意思でこれをなすは勿論、客観的にも、最もよくその利益に適合すべきことが要請されてしかるべきである。換言すれば、命名は命名者のためにする行為ではなく、あくまでも、被命名者のための行為でなければならない。別しても、命名は被命名者の終生的な問題であり、一生の利害に関連した将来的事項にわたるものたることに思いをいたすならば、徒らに命名者の個人的恣意に流れ、ために、被命名者に対し将来において、社会生活上、支障を与えるが如き事態を招来することは、厳にいましめられるべきものと考える。

(二)  このような見地からして本件を考察するに、申立人審問の結果によれば、申立人はさきに、長男出生に当り、これに自己と同名の「朗(ぼがら)」と命名してこれが受理された経緯もあり、今回、長女が誕生するや、妻「伸子」から、同女と同名を附したい旨の希望もあり、ここに、長女を「伸子(しんこ)」と命名し、その旨の届出をなすに至つた事実を認めることができる。

以上の如きとすれば、ことは、単純に、命名者たる申立人の個人的趣味に出ずることではあるが、当裁判所は結論として、同一戸籍内の他の家族と同一の名を附することは許されないものと解する。けだし名は、個人の同一性識別のための標識として特殊化されるべき要素を有するとともに、当該個人の将来利益に影響を及ぼすべきこと上叙のとおりであるところ、本件の如き命名は、将来、長女に対する同一性の認識を害すべきことこれより甚だしきはなく、今後における社会生活上、自他ともに蒙る不便は測り知れざるものありと思料されるからである。尤も、申立人は長男「朗」に「ほがら」と振仮名を附して届出を受理された先例に従い、長女の名「伸子」にも同様「しんこ」と傍訓を附し右音訓による名を特定して届け出たやに窺われるのであるから、申立人の意思は、右振仮名を、名と不可分の一体とする意思であつたことが明白である。されば、右振仮名「しんこ」は、名「伸子」と一体をなし、これを名の一要素と認める余地がないでもない。しかしながら右「伸子(しんこ)」の名が、母「伸子」の名と、右の如き意味において、差異を有するとしても、所詮は、ことの本質を左右するに足るものではない。すなわち、右差異は、前叙の如き観点からすれば、依然、長女に対する不利益、不便を解消するものではなくして、むしろ、これを一層拡大露呈するおそれなきにしも非ずといわねばならないからである。或は、また、申立人は、自己と同名なる長男「朗」の出生届が、さきに、受理されたにも拘らず、今回、同様事案において、その受理を拒まれたことに不服があるとしても、さきの受理自体も違法な処分といわねばならないから、この点は、本件において、とうてい、考慮するに値しないものである。

三  上来説示の如く、命名権は被命名者に専属する権利にして、命名者は、単に、これを代行するにすぎないものである以上、命名者は、すべからく、被命名者の永い将来を慮り、一般の社会通念に従い被命名者の利益を眠目として、命名権を行使すべき義務ありといわねばならない。戸籍法が常用平易な文字を用いて名を附すべきことを明言し、或は、命名者の個人的趣味の満足のために、不当に奇矯、難解な名を附することが排斥されねばならない所以も、また、ここに存する。本件において、申立人は、本件命名に際し、その権限を逸脱し、その行使に適正を欠くきらいあることは、上来、縷々、述べたところで、自ら明かであろう。したがつて、申立人が、右の如くして附した名を記載して提出した本件出生届は、畢竟、違法な内容を包含することに帰するから(右は、市町村長の形式的審査権に服する事項というべきである)、これを受理しなかつた尾西市長の不受理処分には、いささかの違法もない。

よつて、申立人の本件不服の申立は、理由なきものとして却下すべく、主文のとおり審判する。

(家事審判官 可知鴻平)

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